── 正しい身体の伸びを引き出すエロンゲーションの真実
イロンゲイションとは何か?
ピラティスのレッスン中に「背骨を長く保って」「もっとエロンゲーションを意識して」などと耳にしたことはありませんか?
この“エロンゲーション”という言葉、実は英語の “elongation”(イロンゲイション)が元になっています。
本来の発音に近い表記は「イロンゲイション」であり、「エロンゲーション」はカタカナ化された日本独自の表現です。
国際的なピラティス教育や海外講師とのコミュニケーションを考えると、「イロンゲイション」という言い方を知っておくことは、今後ますます重要になるでしょう。
elongation(イロンゲイション)の意味と語源
英単語 elongation は、
- e(外へ)+ long(長く)+ ation(動作や状態)
という語源を持ち、直訳すると「長く伸ばすこと」「引き延ばすこと」を意味します。

https://eow.alc.co.jp/search?q=elongation
ピラティスの文脈では、単に身体を引き延ばすだけでなく、背骨や四肢を軸から遠くへ引き離すように動かす意識を伴います。
これは、単なる柔軟性ではなく、動きの中での空間的な伸び感と方向性をつくることで、安定性と可動性を同時に引き出す高度なテクニックです。
なぜイロンゲイションが大切なのか?
ピラティスの動きは、「ただ動く」だけでは効果が半減してしまいます。
動作の中で常に“イロンゲイション”を意識することで、以下のような身体的変化が生まれます。
- 背骨が自然に伸びて姿勢が整いやすくなる
- 動きの中でインナーマッスル(深層筋)が活性化する
- 関節にかかる負担が軽減され、動きがスムーズになる
- 軸を保ったまま四肢が自由に動く感覚を得られる
- 呼吸が深まり、身体の内側とのつながりが強まる
このように、イロンゲイションはピラティスにおける「質の高い動き」の鍵とも言える要素なのです。
イロンゲイションを感じる練習方法
イロンゲイションにおいては、意識するべきポイントとしては、「頭頂部と坐骨で引っ張り合う感覚」で背骨を引き伸ばすことです。
もし、この記事を椅子に座って読んでいただいているのであれば、
① まずは左右の坐骨が均等に乗っていることを確認し、
② 脳天が天井から数ミリ引っ張られるように引き伸ばし、
③ さらにおへそを上に引き上げる意識を追加する
とイロンゲイションは成功です!
イロンゲイションは、背骨を頭側・坐骨側の両方向に伸張させる動き
仰向けの場合も、頭のてっぺんからかかとまでを「引き合うように長く伸ばす」感覚を意識してみてください。
背骨を床に押しつけるのではなく、上下に「空間をつくる」ようなイメージです。
また、マットエクササイズであれば「ロールアップ」や「スパインストレッチフォワード」、マシンピラティスであれば「ショルダーブリッジ」や「ロングスパイン」なども、イロンゲイションの感覚を育てるのに最適な動きです。
立った状態や座った状態で、正しい姿勢を維持するためには、重力や体重に対する下向きの力に対して、自分で伸びていく上向きの力が必要です。
このイロンゲイションの意識や感覚は、垂直方向に限らず、背骨をどの方向に動かす時にも大切になります。
例えば、下記のエクササイズはピラティスチェアーによるマーメイドは「側屈」という動作が入る代表的なエクササイズになります。

この際、手を挙げている左側の脇腹は普通に伸びますが、できるだけ右側の脇腹も長く伸びるような意識を保つことで、背骨全体がきれいに側屈できます。
脇腹が潰れた状態での側屈は、「クラッシュ(潰れる)」と言ったりしますが、アウターマッスルが優位にはたらき、ピラティスで本来得たい「インナーマッスルとアウターマッスルが協調して機能する」という動きを獲得できません。
イロンゲイションの解剖学的な解説
背骨と背骨の間には椎間板という軟部組織があります。

椎間板は、背骨(椎骨)と椎骨の間にあるクッションの役割をする組織で、中心部にはゼリー状の髄核とそれを取り囲む線維輪で構成されており、背骨に伝わる衝撃を吸収する役割を担っています。
イロンゲイションを意識して動くと、まさに椎間板をはじめとする軟部組織をほんの少し引き伸ばす効果があり、逆にクラッシュ状態で動くと、片側の椎間板を潰すような力が加わります。
・「ピラティスをすると姿勢が良くなる」
・「ピラティスをすると身長が伸びる」
という効果は、このイロンゲイションに基づいた動きが基となっています。
逆に言えば、リフォーマーなどのピラティスマシンでいくらエクササイズをしていても、このイロンゲイションの意識がない状態で動いていれば、通常のトレーニングとの差は生まれず、ピラティスならではの効果を得ることはできません。
パーソナルのピラティスが高い効果を発揮するのは、インストラクターのキューイングによりクライアントのイロンゲイションを導き出し、仮にクラッシュしているような動作があれば、それを改善するように修正することができるからです。

このような「捻り」の動作の時にも、なるべく背骨を長く保ち、脳天から伸びる意識を保ちつつ動くことが大切です。
また、冒頭で紹介した「椅子に座った状態でのイロンゲイション」をデスクワーク時にたまに意識していただくだけで、姿勢の悪化は防げます。
そう。ピラティスで得た知識や経験はスタジオや自宅レッスンだけではなく、日常生活や仕事中でも活かせるのです。

「伸び動作」をする時にも、「上に伸ばすだけではなく、少し坐骨方向へ伸ばす意識を追加してみる」というアプローチも良いですね。
ぜひ、この記事を読んだ皆様は、この「イロンゲイション」を日常生活の中に取り入れてみてください!
ピラティススタジオBB
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参考文献
- ALCエキサイト和英辞書
「elongation」検索結果. ALC.
URL: https://eow.alc.co.jp/search?q=elongation - Pilates, J. H. (1945). Return to Life Through Contrology. Littlefield, Adams & Co.
- ピラティス創始者ジョセフ・H・ピラティスによるオリジナルマニュアル。Contrology(現ピラティス)の基本原理として“elongation”の意識についても記述がある。
- Latey, P. (2001). Pilates-based exercise: clinical history and philosophical concepts. Journal of Bodywork and Movement Therapies, 5(4), 215–222.
- ピラティスの歴史的背景と哲学をまとめたレビュー論文。動きの質を高めるための“elongation”概念にも触れている。
- Neumann, D. A. (2013). Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation (2nd ed.). Elsevier.
- 骨格筋運動学の観点から、背骨の伸展・伸張機構や椎間板への負荷軽減メカニズムを解説。
- McGill, S. M. (2007). Low Back Disorders: Evidence-Based Prevention and Rehabilitation (2nd ed.). Human Kinetics.
- 脊柱の安定性と可動性を両立させる運動テクニックとしての“elongation”の有効性を、生体力学データとともに紹介。
- Kendall, F. P., McCreary, E. K., Provance, P. G., Rodgers, M. M., & Romani, W. A. (2005). Muscles: Testing and Function with Posture and Pain (5th ed.). Lippincott Williams & Wilkins.
- インナーマッスル(深層筋)の評価と機能、姿勢との関係についての基礎知識。
- Adams, M. A., & Hutton, W. C. (1981). The mechanical function of the lumbar intervertebral disc. Spine, 6(3), 241–246.
- 椎間板の構造と力学特性についての古典的研究。伸張方向の荷重分散メカニズムを詳述。
- Kettler, A., & Wilke, H.-J. (2006). Review of existing grading systems for lumbar intervertebral disc degeneration: imaging sensitivity versus specificity and possible role for biomechanical testing. European Spine Journal, 15(1), 103–114.
- 椎間板の微細な伸張や圧縮状態が椎間板変性に与える影響をまとめた総説。
- Pilates Method Alliance. (2011). Comprehensive Pilates Teacher Training Curriculum Guidelines.
- 国際的なピラティス指導基準として、動きの中でのエロンゲイション(elongation)の指導・評価ポイントを提示。
この記事の監修者:田沢 優(ピラティススタジオBB 代表)
東京大学大学院・身体科学研究室修了。身体運動学・神経筋制御を専門とし、科学的根拠に基づいたピラティスメソッドを構築。2013年にピラティス国際資格である、PMA®認定インストラクター資格を日本で4番目に取得。2015年「トレーナー・オブ・ザ・イヤー」受賞。PHIピラティスジャパン東京支部長を約5年間務め、都内を中心にパーソナルピラティススタジオを複数展開。オリンピック選手、プロ野球選手、Jリーガー、パラアスリート、頸髄損傷者などへの幅広い指導実績を持ち、インストラクター育成数は500名超。文英堂『運動療法としてのピラティスメソッド』にて3編を執筆。現在は「ピラティスをブームではなく文化にする」ため、後進育成と専門教育に尽力中。