ピラティススタジオBB田町のピラティスインストラクターが、背骨を丸めてローリング・ライク・ア・ボールのスタートポジションを取っている様子。

ピラティスにおける「インプリント」と「スクープ」の違い|インストラクター向け解説

#インストラクター向け
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はじめに:クラシカルとコンテンポラリー、2つのピラティス観

はじめに、以下の姿勢をご確認ください。
このとき意識すべきなのは、インプリントでしょうか?それともスクープでしょうか?

ピラティスインストラクターが、脊柱を屈曲させスクープを取っている時の写真
ローリング・ライク・ア・ボールのスタートポジション

ピラティスを学ぶと、よく耳にするのが「インプリント」と「スクープ」という言葉。
どちらも腹部を引き込み、体幹を安定させる動作を指しますが、起源・目的・身体の使い方は大きく異なります。

ここでは、ピラティスの系譜を踏まえ、

  • クラシカル(古典派):創始者ジョセフ・ピラティスの原典に基づく伝統的な教え
  • コンテンポラリー(現代派):現代の教育団体が科学的知見を取り入れて体系化した流派

この2つの視点を明確に区別しながら、インプリントとスクープの違いを徹底的に解説します。


1. 「スクープ(Scoop)」とは|クラシカル(古典派)ピラティスの中核概念

1-1. スクープの起源

「スクープ」はピラティスの創始者 ジョセフ・ピラティス(Joseph H. Pilates) の原典
『Return to Life Through Contrology』(1945)および『Your Health』(1934)に由来します。

“Draw your abdomen in firmly.”
「腹部をしっかりと内側に引き込みなさい。」
“Pull the navel back toward the spine.”
「へそを背骨の方向へ引き寄せなさい。」
“Hollow the abdomen.”
「お腹を内側にえぐるようにへこませなさい。」

Return to Life Through Contrology(1945)

これらの表現が、後にクラシカル系インストラクターによって
「Scoop(腹部をすくい上げるように引き込む)」と呼ばれるようになりました。

つまりスクープとは、お腹を背骨方向へ深く引き込み、体の内側から支えるクラシカル・ピラティスの基本キューです。

1-2. スクープの目的

スクープの目的は単なる腹筋収縮ではなく、体幹の内圧コントロールにあります。
ジョセフ・ピラティスは「腹部の中心から全身を動かす(パワーハウス)」という考え方を提唱しており、スクープはその象徴です。

主に働く筋肉はインナーユニットと呼ばれる以下の筋肉です。

  • 腹横筋(Transversus Abdominis)
  • 骨盤底筋群(Pelvic Floor)
  • 多裂筋(Multifidus)
  • 横隔膜(Diaphragm)

これらが協調的に働くことで、腹腔内圧(IAP)を利用した脊柱安定が生まれます【Richardson et al., 1999】。

腹腔内圧
腹腔(横隔膜・腹筋群・骨盤底筋に囲まれた空間)内に生じる内部圧力のことです。
この圧力は、呼吸、姿勢制御、排泄、分娩、発声、そして脊柱の安定などに関与します。

”IAPは、Intra-abdominal pressureの略”

1-3. スクープが使われる場面

クラシカルピラティスでは、スクープは脊柱屈曲を伴う動作で使われます。
例:

  • ロールアップ
  • シングルレッグストレッチ
  • ティーザー
  • シザーズ

腹部を内側にえぐるようにすくい上げることで、腰椎の安定と脊柱の流れるような屈曲が実現します。

つまり、冒頭でご紹介した「ローリング・ライク・ア・ボール」のスタートポジションは、スクープのポジションにあたります。


2. 「インプリント」とは|コンテンポラリー(現代派)ピラティスが導入した骨盤ポジション

2-1. インプリントの誕生

「インプリント」という概念はジョセフ・ピラティスの時代には存在しません。
これは1990年代以降、現代のピラティス教育団体が安全性と解剖学的再現性を重視して導入したものです。

主要な団体の定義は以下の通りです:

団体参考文献定義
STOTT PILATES®Essential Matwork Manual(Merrithew, 2019)骨盤を軽く後傾させ、腰椎をマットに近づけて安定化させる姿勢
Balanced Body®Movement Principles Manual(2018)ニュートラル学習のための準備姿勢として、腹横筋と骨盤底筋の協調を促す
Polestar Pilates®Comprehensive Mat Manual(2017)安全な腰椎アライメントを学ぶ教育的ポジションとして採用

コンテンポラリーピラティスでは、特に初心者や腰痛傾向のあるクライアントに対して、
「腰椎をマットにそっと近づけて安定させる」静的な骨盤ポジションとしてインプリントを用います。

2-2. インプリントの身体的特徴

  • 骨盤:ニュートラルから軽度後傾
  • 腰椎:マットと軽く接触(隙間を埋める)
  • 主働筋:腹横筋・内腹斜筋・骨盤底筋・大臀筋下部
  • 呼吸:胸郭の横方向拡張を意識した胸式呼吸
ピラティスインストラクターがインプリントのポジションを取っている時の写真

インプリントは、骨盤と腰椎の「静的安定」を目的としており、動作中のコントロールではなく、動作前の安定ポジションに位置づけられます。


3. クラシカルとコンテンポラリーにおける「スクープ」と「インプリント」の違い

下記にて、違いを一覧としてまとめました。

Imprint=「安定の形をマットに刻む」(静的)
Scoop=「力を内側からすくい上げる」(動的)

項目スクープ(クラシカル)インプリント(コンテンポラリー)
起源Joseph Pilates原典(1940年代)1990年代以降の現代教育団体
目的腹部の引き込みによる脊柱安定と流れる動き腰椎の静的安定と安全な骨盤位置の学習
骨盤の動き中間〜軽度後傾(腹圧で内側へ)軽度後傾(マットへ沈む)
意識「お腹を背骨にえぐるように引き込む」「腰とマットの隙間を埋める」
主な筋活動腹横筋・骨盤底筋・多裂筋腹横筋・内腹斜筋・大臀筋下部
タイプ動的(ムーブメント中に維持)静的(姿勢づくりに用いる)
使用シーンロールアップ、ティーザーなど初級マット、腰痛予防エクササイズ

インプリントは形の安定を、スクープは動きの核(コア)を象徴する言葉です。


4. スクープとインプリントの使い分け方

4-1. 初心者や腰痛傾向の方には「インプリント」

インプリントは、動作の前段階として腰椎の安定を学ぶために有効です。
骨盤を軽く後傾させることで、腹横筋と骨盤底筋の感覚を掴みやすくなり、腰椎の過伸展(反り腰)を防止できます。

なお、初心者であっても「インプリント」を用いずに指導を行うケースは多くあります。
ピラティススタジオBBでは、レッスンの初期段階から「ニュートラル」の定義と感覚づくりを丁寧に指導することが多く、インプリントでの指導は比較的少ない傾向にあります。

4-2. エクササイズ中は「スクープ」

インプリントで安定が身についたら、次はスクープへ。
腹圧を保ちながら脊柱を動かすこの技法は、クラシカルピラティスの本質そのもの。
ロールアップやティーザーなどの動作中に“常にすくい上げるような腹部の感覚”を維持することが求められます。

👉 ピラティスの「ニュートラル」の解説はコチラです


5. 指導現場での混乱を防ぐポイント

  1. 「スクープ=骨盤の後傾」ではない
     → スクープは「腹部の内圧を使った引き込み」であり、骨盤を動かすこと自体が目的ではありません。
  2. 「インプリント=スクープの簡易版」ではない
     → インプリントは教育的プロセスであり、スクープとは目的が異なります。
  3. 呼吸法の違いを意識する
     → スクープでは横隔膜の引き上げ感、インプリントでは胸郭外側の拡がりを重視します。

6. まとめ:2つの概念を正しく理解することが、ピラティス上達の鍵

インプリントは「形をつくる静的安定」、スクープは「感覚で動く動的制御」。
どちらも目的が異なり、どちらが“正しい”というものではありません。

クラシカルの哲学 × コンテンポラリーの科学を統合することで、
安全で効果的なピラティス実践が可能になります。

スクープで「内側から支える感覚」を掴み、インプリントで「安全な形」を学ぶ。
この2つを行き来できることこそが、ピラティスの真の「コントロロジー(Contrology)」です。

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📚 参考文献・出典一覧

  1. Joseph H. Pilates. Return to Life Through Contrology. 1945.
  2. Joseph H. Pilates & William J. Miller. Your Health. 1934.
  3. Merrithew Health & Fitness. STOTT PILATES Essential Matwork Manual. 2019.
  4. Balanced Body Inc. Balanced Body Movement Principles Manual. 2018.
  5. Polestar Pilates. Comprehensive Mat Manual. 2017.
  6. Richardson, C.A., Jull, G.A., Hodges, P.W., Hides, J.A. (1999). Therapeutic Exercise for Spinal Segmental Stabilization in Low Back Pain. Churchill Livingstone.
  7. Neumann, D.A. (2017). Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation. Elsevier.

この記事の監修者:田沢 優(ピラティススタジオBB 代表)
NPCT(米国国家認定ピラティス指導者)東京大学大学院・身体科学研究室修了。

身体運動学・神経筋制御を専門とし、科学的根拠に基づいたピラティスメソッドを構築。2013年にピラティス国際資格である、PMA®認定インストラクター資格を日本で4番目に取得。2015年「トレーナー・オブ・ザ・イヤー」受賞。PHIピラティスジャパン東京支部長を約5年間務め、都内を中心にパーソナルピラティススタジオを複数展開。オリンピック選手、プロ野球選手、Jリーガー、パラアスリート、頸髄損傷者などへの幅広い指導実績を持ち、インストラクター育成数は500名超。文英堂『運動療法としてのピラティスメソッド』にて3編を執筆。現在は「ピラティスをブームではなく文化にする」ため、後進育成と専門教育に尽力中。